アメリカでは、ADSLによる高速通信のユーザーは、今後3、4年のあいだに400万〜500万件になるという見方もされている。日本でも、東京めたりっく通信をはじめとする数社が同じようなサービスを本格的に始めようとしている。ADSL以外にもローカルアクセスの高速化はできる。アメリカのATT社は、CATVのケーブルを使ってこれを実現しようとしている。ATTがここ1、2年のうちにTCI社など数社のCATV会社を買収したのは、この戦略を実現するためであった。また、光ファイバー網を展開するという手段もローカルアクセス高速化の有効な手段である。アメリカで言えば、MCIワールドコム社が、金融を中心とした大企業に焦点をあて、米欧日間をすべて自社専用の光回線にして通信サービスを提供する戦略を展開中だ。
いま、デジタル・テクノロジーとコンピュータが結びついてできあがっているインターネットは、人間本来のコミュニケーションに立ち戻って、それを支援できる可能性があると言いましたが、一方ではすでに、これまでの人間のコミュニケーションにはなかった新しいコミュニケーションを実現しはじめてもいます。それは第一に、規模の大きさです。世界中のコンピュータがつながることで、いままでのコミュニケーションで考えられていたどんなものよりも、どんな放送も出版も実現できない規模へと、しかもそれらが犠牲にしてきた双方向性を維持したままで広がっています。このことは、インターネットがコミュニケーションにもたらした、もう一つのブレーク・スルー(突破口)があります。それは、誰でもがコミュニケーションの主体や当事者になれるということです。
ネット証券会社(インターネットを使って株式取引を仲介する証券会社)は、規制緩和とインターネット普及の申し子のような存在である。それには三つの背景があるだろう。一つは、長らく固定制であった株式の委託売買手数料が完全に自由化されたこと(1999年9月)、二つ目は、証券会社の設立が、それまでの免許制から登録制に改められたこと(1998年12月)、三つ目に、インターネット接続が、ダイアルアップからブロードバンドというよりも、常時接続へと変わっていくこと(2001年9月のヤフーBBのサービス開始)である。日本において、インターネットを介した最初の株式取引(ネット取引)は今川証券(現・リテラ・クレア証券)で、1996年にスタートさせ、翌年には野村、大和、日興(当時)の大手証券会社もサービスを問始させている。だが、対面販売・既存の個人投資家との整合性の問題や、マーケティングの不徹底さ(既存の個人投資家とは異なるターゲットをどうねらうか)、それに上述の三つの要件が整っていないこともあり、証券会社、特に大手証券会社にとって、当時のネット取引はそれほど重要な位置づけとは言えなかった。